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最高裁判所第二小法廷 平成2年(行ツ)82号 判決 1990年7月13日

東京都新宿区西新宿二丁目一番一号

上告人

シチズン時計株式会社

右代表者代表取締役

中島迪男

山梨県南都留郡河口湖町船津六六六三番地の二

上告人

河口湖精密株式会社

右代表者代表取締役

阿保有恒

右両名訴訟代理人弁理士

鈴木俊一郎

前田均

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被上告人

特許庁長官 植松敏

右当事者間の東京高等裁判所平成元年(行ケ)第七二号審決取消請求事件について、同裁判所が平成二年二月二二日言い渡した判決に対し、上告人らから全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

"

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人鈴木俊一郎、同前田均の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、違憲をいう点を含め、独自の見解に基づいて原判決を論難するか、又は原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 香川保一 裁判官 藤島昭 裁判官 奥野久之 裁判官 中島敏次郎)

(平成二年(行ツ)第八二号 上告人 シチズン時計株式会社 外一名)

上告代理人鈴木俊一郎、同前田均の上告理由

第一点

原判決は、その理由中第二項全体を通じての判断において、実用新案法第一条及び第三条第一項柱書の解釈適用を誤った違法があり、右判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、破棄を免れない。

原判決では、『「ラッピングにより」との記載は方法に係る記載であるとし、これを除いて本願考案の要旨を認定した審決に誤りはない』と判断している。

しかしながら、このように、本願考案の権利請求の範囲である実用新案登録請求の範囲の記載内容のうち、「ラッピングにより」の記載を除き、本願考案の要旨を認定する判決は、以下に述べるような理由から、実用新案法第一条及び第三条第一項柱書の解釈適用を誤り、憲法第二九条第一項に反するものである。

「実用新案登録請求の範囲」とは、実用新案登録出願人が、考案者が創作した技術的思想を社会に公開する代償として、独占排他権たる実用新案権としての保護を求める範囲を記載する欄であり、権利化後は権利の客体を特定する部分である。この欄に記載された内容を、何らの法的根拠なく、勝手に変更して解釈することは、国民の財産権の一種である実用新案登録を受ける権利を不当に侵すものであり、憲法第二九条第一項に反する。

判決では、判決理由第二項十丁裏第九行~一一丁表第一行に記載してあるように、「ラッピングにより」を本願考案の要旨から除く法的根拠として、実用新案法第一条及び第三条第一項柱書を掲げてある。

しかしながら、実用新案法第一条及び第三条第一項柱書は、実用新案登録を受け得る考案を「物品の形状、構造及び組合わせ」に係るものに限定しているのみであり、そのことを根拠として、実用新案登録請求の範囲に記載された本願考案の要旨を勝手に変更して解釈して良い根拠とはなり得ない。実用新案法第一条及び第三条第一項柱書において、実用新案法の保護対象を物品の形状等に限定している趣旨は、実用新案制度創設時がそうであったからという歴史的な事情が主であり、小発明保護の必要性がもっばら物品の外形的考案を対象としていたという沿革的理由が主である。このような沿革的理由から、特許法の保護対象となる方法の発明は、実用新案法の保護対象とはならない。

しかしながら、「方法の発明」が実用新案法の保護対象にならないからと言って、そのことを根拠にして、実用新案登録請求の範囲に記載された字句の一部を勝手に削除して、考案の要旨を勝手に解釈して良い根拠とはなり得ない。「方法の発明」であるか否かは、実用新案登録請求の範囲の記載全体から判断すべきであり、実用新案登録請求の範囲に記載された文言の一部が方法的記載(方法の発明ではない)であるからと言って、その記載を除いて本願考案の要旨を解釈することは、実用新案法第三条第一項柱書の解釈適用を誤るばかりか実用新案法第一条の「考案の保護」にも反し、ひいては上告人が有する実用新案登録を受ける権利を侵害し、憲法第二九条第一項に反する。

本願考案の実用新案登録請求の範囲に記載された「ラッピングにより」なる文言は、確かに方法的記載ではあるが、本願考案の技術的思想を端的かつ的確に表現するためになくてはならない文言である。しかも、「方法的記載」であるとしても、それが「方法の発明」を意味するものではなく、実用新案登録請求の範囲中の「平滑面を有する透明樹脂薄膜層」を修飾するための文言である。「方法の発明」か否かは、実用新案登録請求の範囲における記載表現について形式的に行われるべきものでなく、実用新案登録請求の範囲の記載全体から行われるべきものである。なお、「方法の発明」か否かは、東京高裁昭和三二年五月二一日判決(昭和三一年(行ナ)第一八号)にも論及されているように、一般的には、経時的要素の有無で判断される。これに対して、「方法的記載」であるか否かは、単に表現上の形式で判断されるものである。このように「方法の発明」と「方法的記載」は別概念であるのに対し、判決では、これらを同一視し、実用新案法第三条第一項柱書を根拠に、本願の実用新案登録請求の範囲から、「ラッピングにより」なる文言を除き、本願考案の要旨を判断している。

しかしながら、「ラッピングにより」なる文言は、形式的には「方法的記載」であるとは言え、経時的要素を含んでおらず、「方法の発明」ではなく、「平滑面を有する透明樹脂薄膜層」を修飾するための文言であり、本願考案の技術的思想を端的かつ的確に表現する上でなくてはならないものである。このように、本願考案の技術的思想を把握する上でなくてはならない文言を、上告人の権利請求の範囲としての意義を有する「実用新案登録請求の範囲」の記載から取り除き、本願考案の要旨を認定することは、上告人が有する実用新案登録を受ける権利を侵害し、憲法第二九条第一項に反する。

したがって、このように実用新案法第一条及び第三条第一項柱書の解釈適用を誤認し、憲法第二九条第一項に反する判断の上になされた判決は、違法として破棄を免れない。

第二点

原判決は、その理由中第二項全体を通じての判断において、重大な事実の誤認を生じ、証拠の解釈を誤り、採証の法則に違反した違法があり、右判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、破棄を免れない。

原判決理由第二項一一丁第一行~五行において、判決では、『本願考案の実用新案登録請求の範囲中の「ラッピングにより」の記載が、いわゆる方法に関する記載であって、「物品の形状、構造及び組合わせ」に係る記載でないことは原告らが自認するところである』と述べている。

しかしながら、上告人は、「ラッピングにより」の記載が方法的記載であることは認めていても、「物品の形状、構造及び組合せ」に係る記載でないとは自認していない。判決において、このような事実の誤認が生じた理由は、おそらく、「方法的記載」と「方法の発明」とを同一視した結果であると考えられる。「方法的記載」と「方法の発明」とが、相異なる概念であることは前述した通りである。

したがって判決では、その理由中第二項の前提において、原告の主張を誤認しているという違法性がある。

また、判決では、その理由第二項一三丁表第二行~第四行において、『「ラッピングにより」との記載によって平滑面の平滑の程度が一義的に表現されるとはいえない』と判断している。また、一三丁表第五行~同裏第六行には、ラッピング以外の各種研磨法が開示してあり、『したがって、これらの加工法の条件を適宜に設定すれば、透明樹脂薄膜層についても細密な平滑面を得ることができないとする理由はない』と判断している。

しかしながら、このような判決の判断は、次に示すような理由から、根拠のないものであり、重大な事実の誤認がある。すなわち、「ラッピングにより」形成された平滑面は、工作液を使用するか否か、ラップの種類、ラップ剤の種類及びその粒度、ラップ盤の種類及び圧力あるいは速度等の加工条件をどのように選択しようと、「ラッピング」という技術に特有の特性から、他の研磨法によって得られる単なる滑面から区別されるものである。確かに、ラッピングの諸条件によって、平滑面の粗さの程度は多少変化する。しかしながら、ラッピングによって得られる平滑面は、諸条件によらず、ラッピングという技術の特性によって得られる独特の平滑面であり、他の研磨法によっては得られない平滑面である。

これに対して判決では、「粗さ」と「うねり」とを混同するという技術的誤認がある。すなわち、出願当時の他の研磨法によっては、適当な条件を設定すれば、「粗さ」は除去できるが、「うねり」を完全に除去することは非常に困難であり、たとえできたとしても生産性がなく実用に供しない。これに対し、「ラッピング」という技術は、本来的に「粗さ」のみならず、「うねり」をも除去するのに最も適した技術である。したがって、「ラッピングにより」得られた平滑面は、他の研磨法によって得られる単なる滑面とは明確に区別される。

このように、ラッピングにより得られた平滑面が他の研磨法によって得られた単なる滑面と相違する証拠として、甲第一一号証や甲第一三号証が存在する。判決では、これら証拠を考慮することなく、しかも何ら理由も示すことなく、『他の研磨法によっても、ラッピングにより得られる平滑面と同様な平滑面が得られない理由はない』旨の判断をしているが、この判断は甲第一一号証や甲第一三号証に反し、根拠がなく、明らかに重大な事実の誤認があり、判決に重大な影響を与えている。

また、原判決では、その理由第二項一五丁表第一〇行~同裏第六行において、『本願考案の透明樹脂薄膜層の平滑度は、「ラッピングにより」などという方法的な記載によってではなく、JISに規定されている前記の表記法によって表すことが十分に可能であり、かつ、それが最も的確な方法であることが明らかであるから、本願考案の透明樹脂薄膜層の平滑面の平滑の程度を特定するためには「ラッピングにより」との記載が必須であるとする原告の主張は失当である』旨を述べている。

しかしながら、このような判決の主張は、本願考案の技術的思想を誤認している。本願考案で言うところの「平滑面」を特定するためには、「ラッピングにより」なる文言は不可欠であり、これを削除してJISに規定されている表記法によって平滑面を特定したとしても、本願考案の技術的思想を端的かつ的確に表わすことはできない。JISに規定されている表記法によって平滑面を特定したとしても、「ラッピング」という技術を用いて平滑にされた平滑面を有する透明樹脂層の特性を表わすことは不可能である。逆に言えば、本願考案の技術的思想は、JISによって規定されている表記法によって特定された平滑面を有する透明樹脂薄膜層にあるのではなく、時計用文字板において、「ラッピング」という技術によって平滑にされた平滑面を有する透明樹脂薄膜層にあるのである。

これに対し、判決では、『「ラッピングにより」の記載よりも、JISの表記法により表面状態を特定する方が的確である旨を述べている。しかしながら、このような主張は、本願考案の要旨を誤認しており、これが判決に影響を及ぼすことは明白である。JISの表記法により表面状態を特定したとしても、それはもはや本願考案の技術的思想を的確に表現するものとはなり得ない。

以上の通り、原判決には、重大な事実の誤認が存在し、証拠の解釈を誤り、採証の法則に違反した違法があり、右判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、破棄を免れない。

以上

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